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地域の声を開かないと……

 住民投票で地域が変わるのかどうか。以前、新潟県の巻町で東北電力による原子力発電所の事業化が明らかになったとき、地域の原発反対の立場の人たちはしぶとい運動を続けていく中で、住民投票を実現させ、そこで反対の結果を得ました。その後、ついに東北電力はこの地での原子力発電所の計画を棚上げしました。発電所の建設というのは単なる一企業の判断だけではなく、国の電力政策ともからみますから、こうした反対運動をやっている中で、「単なる地域エゴでの運動はやめろ」というような批判もあったことでしょう。

 本日、山口県岩国市で行なわれた米軍基地における、空母艦載機部隊移転受け入れについての住民投票では投票率が50パーセントを越えて住民投票そのものが成立しただけではなく、米軍空母受け入れ反対という結果が出ました。しかし、その結果を見て与党自民党の代議士は、すぐにこういう事を住民投票にかける事自体適当ではないとし、一種の地域エゴイズムだと切り捨てています。

 沖縄の基地反対運動への政府の対応もそうですが、そこに住んでいる人の意志というものは考慮されなくていいのかと思う人もいるでしょう。国として決めた事は絶対だと言いたい気持ちはあるのでしょうが、国会で決まっていっている事に十分な議論が尽くされたのか、はなはだ疑問です。そう考えると、ライブドアのあの一連の騒ぎというのは、うまく政府の進めたい事を有無を言わさず遂行するために役に立っているなあと(^^;)。

 上の話だけでなく、国会ではどんどんいろんなことが決められていきます。人権擁護法案にしろ共謀罪の適用問題にしろ、下手をしたら今のインターネットコミュニティの雄、2ちゃんねるやmixyなども、ちょっと本音を出して書き込みをしたとたんすぐに身元を洗われて、多くの人が刑事罰を受けてしまうようになっていくかもしれません。そんな事件が増えれば、そうしたサイト自体ももはやコミュニケーションの場として機能するはずもなく、場そのものがなくなってしまう可能性さえあります。ブログにしても、あまり本音を語りすぎたり、交友関係をばらしたりしていると、自分だけでなく人にも迷惑(つまり逮捕されるということ)がかかってくるので、そうした場も徐々になくなっていくという。

 そうなったら、今インターネット上で俎上に乗せられている人たちはほっと一息つくことになるのでしょうか? 残念ながらそう世間というものは甘くはないでしょう。ネットで自由に発言できるというのはある意味ガス抜きであるとも言えます。そういうものをすべて押さえ込んだところで、そこに生きている人の数は変わらないのですが鬱積されたエネルギーが私の想像を超えたところで次々に爆発するような社会が近い将来生まれていくでしょう。つまり、過激派でも何でもない普通の人たちが、今より多くの事件を起こすようになると私は思います。秩序が壊れた殺伐とした社会が生まれる余地が出てくるわけですが、そうした社会こそ、実はテロリストが暗躍しやすく、テロ実現可能な社会なのですね。警察官や軍隊といっても、今のままでは普通の人たち(政府に見放された人たちも多く出るでしょう)の相手をするだけで手いっぱいになってしまうでしょうから、下手をしたら政府そのものの危機すら感じます。国というのはまずそこで暮らす人たちの幸せをどう実現するかというのがないといけないと私は思います。そういう意味でも、今回の岩国市の結果についてどういう風な見解を出すのかは重要な事だと思うのですが。