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命の重さについて考える

 ちょっと書くのをサボっている間に世の中はめまぐるしく動いています。それにしても、家を残すというのは大変なプレッシャーであります。現在の皇太子妃である雅子さんもそれはおかしくなるでしょう。天皇家の場合、養子に家を継がすこともできず、側室も置けない(皇室ファミリーのあり方からして、側室を置くこと自体を拒否するような形で戦後は推移してきました)中、かなり無理をして生まれてきたのが今回の男の子なんですね。皇室にとってはこの子の命というのは天皇家の将来を背負っていく、かけがえのないものなのですが、今の時点で将来どうなるかというのが決まってしまって生きていくというのは、全く関係のない私からしてみてもつらいところがあるだろうなと思います。マスコミはお祝いのコメントしか出しませんが、そういった報道姿勢が雅子妃殿下を苦しめた事もちゃんと認識すべきでしょう。続き

 先日、こちらの方で大捕り物があったそうです。中国人の窃盗グループを警察が追い詰め、一人が近くの川(実際には放水路)に飛び込んで逃げようとして怪我をしたそうです。面白いのは、恐らく中国の人が考える川というのは、黄河や長江などのように水を満々とたたえたものであるのに対し、日本で川というと、上流にダムがあってほとんど水のない川であることです。ちなみに、今回人が飛び込んだ川は、災害時のために、市内に降った雨を流しても大丈夫なように余裕を持って作られていることから、水は少ししか流れていませんでした。地元の人たちは以前の大洪水の記憶とともにその事を知っているのですが、そういった知識を持たずに活動していた中国の人は、確かめもせずに夜の暗い川に飛び込んだわけです。私からしてみると、全く先の見えない中、いくら追い詰められているとはいえ、そこまでするというのはかなり危い橋を渡ってきているのだなという気がしました。そこまでして生き伸びようとするエネルギーというのは、方向は違いますけど今の日本ではあまり見られないものであるなあと思います。

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