2000年のお話

 

 

 

テレビの内と外(2000.10.7)

 

 その昔、ベストテン番組に出場拒否をした方々がいらっしゃいました。テレビで伝わるものは細切れになってしまうということで、時間を区切った出演というのを潔しとしないということがあったのでしょう。でも、そういう人たちも最近になって紅白歌合戦に出たりとか、あるみたいですね。

 そういう方達は、どちらかというとこだわりが薄れてしまったということもあるのかもしれません。私がもともとジャズを聞くようになったのはピアニストの山下洋輔さんの影響が濃く、そのパワフルな演奏には実に感銘を覚えたものでした。ただ、初めて聴いてから20年近くたった今になると、どうも昔のようには入り込んで聴けない自分に気づきます。当然それだけの長い時間が経っているのですから、山下さんの演奏にも変化があるし、自分の嗜好にも変化があるということなのですが。そういうことがあるにしても、山下さんの演奏は非常にテレビ向きの演奏になっているなと感じることしきりです。

 テレビ向きの演奏とは何かということになりますが、それは時間どおりにまとめたり、本論から逸脱することなく安心して見ていられるということがあげられるでしょう。フリージャズで一世を風靡したころの山下さんは、ピアノを壊すからとホールで貸してくれなかったりとか、ピアノに火をつけて燃やしながら弾いたとか、とてもテレビの枠に納まるものではありませんでした。音楽をテレビやラジオで楽しんでいる人にとってはそれで十分なのでしょうが、私はライブ演奏というパンドラの箱を空けてしまったので(^^;)、テレビの中で納まる演奏では不満が残るのです。そういえばキューバの音楽をテレビだかラジオで中継するとき、まるで野球放送のように予定通りに終わらなかった場合中継を延長すると聞いたことがあります。せめてそういう感じで日本のテレビもやってくれればいいのですが、鉄道のダイヤと同じでぎちぎちに番組が詰め込まれていますので、一秒の延長もできないでしょう。それに、何か変なことをやって視聴者から文句が来るのを恐れるので、ジャズピアニストとしての山下洋輔さんはうまくそこら辺の兼ね合いを取っていらしゃいます。

 何でこんな事を書くのかというと、山下さんの出ているテレビ番組を見ていたら、もしここにこのページで紹介している明田川荘之さんが出てきたらどうなっただろうと思ったからです(^^)。番組には『お笑い代表』(^^;)ということでタレントの清水ミチコさんも出ていましたが、彼女もテレビの枠で抑えるお笑いをしてました。多分明田川さんもテレビ出演ということになれば場をわきまえた演奏をするだろうと思いますが、それだとライブでの面白さの半分も伝わらないと思います。山下さんの演奏もテレビで聴くのがすべてではないのですが、何度も出演することでそうしたイメージが固定されてしまう怖さというのはありますね。個人的には、明田川さんは年齢とともに演奏スタイルを変化させつつも、その変化は実に巧みで、テレビで見ることのできない面白さを残したまま変わっているような感じを持っています。テレビに出るメリットというのも確かにあるわけですが、その分失うものも大きいということですね。特にミュージシャンがタレント化してしまうと確実につまらなくなるといったら山下さんに失礼でしょうか。(2000.10.7)

 

井の中の蛙(2000.10.2)

 

 シドニーオリンピックの開会式も閉会式も、何か地元優先なような気がしました。というのも、閉会式にはいろんな歌が出てくるのですが、ほとんど地元しかわからないようなものしか演奏されなかったですからね。観客が熱狂しているのをよそに、選手たちは案外盛り上がっていなかったのではないでしょうか。私の場合、かろうじてわかったのはアバの『ダンシング・クイーン』と、オーストラリア以外でもわりと名を知られたロック・グループ『メン・アット・ワーク』の人たちの演奏ぐらいでした。その他のミュージシャンは確かに地元では有名なんでしょうが、知らない曲を流されてもなんだかなあという気がしましたね。

 考えてみれば私たちも、特に日本語のわからない人たちにとっては全然面白みもない音楽を聴いているのですから、こんな事を書く筋合いはないよといわれるのかもしれませんが、全世界に中継するセレモニーであれをやることはないだろうと言う感じがしました。それとも、英語のわからない人たちにわかってもらおうとは思っていなかったのでしょうか。

 それにしても、全部見てしまう私も私ですが(^^;)、自分たちの国をどうにかして多くの人に理解してもらいたいと思うばかりに、メッセージを自国の歌手に歌わせるというのははたから見ても滑稽であります。日本の場合でも状況は同じようで、長野オリンピックではアガルタ(でしたっけ?)という覆面バンドが出ましたし、沖縄サミットではアムロちゃんが出ました。しかし、長野はともかく沖縄ではクリントンさんは中東和平で忙しく、プーチンさんは女の子と柔道をするのに忙しく、あんまり注目されてもいなかったのではないですかね。そもそもサミット自体が世界的にオリンピックほど注目されていないということもありますが、わざわざサミットのためのテーマ曲を作る意味がどこにあったのか、私にはかなり釈然としません。

 あとオリンピック関連で言えば、NHKを含めた中継の放送局が独自に作った番組テーマ曲の数々。チャートを見ていないので詳しくは語れませんが、いつからああしたものを作るようになったのでしょう。番組全体のイメージなら、楽曲として出さなくてもインストルメンタルで十分なはず。CDの売り上げを延ばすための露出だとしたら、特にNHKはちゃんと受信料を取っているんだからそこまで商売にする露骨さが嫌ですね。タイアップの醜さは日々感じることですが、そうした売り込みでヒットを生産しているということはとりもなおさず楽曲自体の質にも影響することは確かでしょう。人の振り見て我が振り直せじゃありませんが、聞く側が選択をちゃんとしていかないとテレビで流れているうちはいいが、そのあとは歌そのものを忘れてしまうという音楽に占領されてしまうような気がするのです。(2000.10.3)

 

じゃがたらの本に記されていないこと(2000.8.28)

 

 先日本屋さんをのぞいた所『じゃがたら』という本を見つけました。この『じゃがたら』とはロック(と一言で語ってしまうことに抵抗はありますが)バンドのこと。メインボーカリストの江戸アケミ氏の死去により解散を余儀なくされてしまい、その後二人のメンバーも亡くなってしまうと書くと、何かものすごいバンドのように思われるかもしれません。この本でも『じゃがたらを伝説のバンドにしたくない』という著者の陣野俊史氏の意見をそこかしこに見ることができますが、そうした想いとは裏腹に、やっぱりこれを読んだ人は江戸アケミは偉かった、やはりじゃがたらというのは伝説のバンドだと思ってしまう人も多いような感じがするのですね。

 まあ、それだけ江戸アケミ氏のインパクトは強いし、どうしてもその流れを引きずってしまうということもあるかもしれません。私がじゃがたらに興味を持ったのは、このページをご覧になってみれば少しはお分かりになるかもしれませんが、バンドに参加しているジャズ系のミュージシャンの顔ぶれの豪華さにつられたからでした。それで、この人(江戸アケミ氏のこと)には相当インパクトがあるんだろうなと思いつつCDを聞いていたという私ですから、やはりじゃがたらの音楽には求めるものが違っていたのかもしれませんが。

 そういう個人的な思い入れを差し引いて考えても、じゃがたらの音楽にはジャズ的な要素が多分に含まれているということは確かで、そこら辺についての考察が一切読めなかったのは非常に不満が残ってしまいました。だって、サックスの篠田氏はともかく、その前から参加していたトランペットの吉田哲治氏の名前も出てきませんし、南流石さんのインタビューはあるのにトロンボーンの村田陽一さんのことにもまったく触れられていないし、これでじゃがたらを語ったことになるのかという想いが残ります。同じようにジャズ界からホーンセクションを迎えたロックバンドにはRCサクセションがありますが、じゃがたらとは当然違ったアプローチであるでしょうし、逆に参加した吉田氏や村田さんはどういうアプローチをしていたのかということは、今後じゃがたらを語る上でも大切なことではないかと思うのですが。本の中で、近田春夫氏が『言葉が打楽器のように機能する』と指摘していることについても、作っているほうにも歌と伴奏という主従の関係から自由になるという想いがあったのかと邪推してみたくなりますし、興味は尽きない所です。

 さすがにボーカルを全面に押し出したバンドですから、歌もの中心になっていくことは仕方がないことだと思いますが、じゃがたらの歌が作られていく中で、曲と詩を共同作業の中から生み出していたということは、やはりねという感じでした。音を探りながら詩を乗っけていけば、不自然な泣き別れも起こらないし(意識的に言葉を分けようという思想があるのなら別ですが(^^;))、詩と曲がお互いに影響を受けながら変わっていくこともあり、特にライブの場合、アドリブでどんどん変わってしまう可能性を常に秘めているわけであります。それはジャズ的でもありますし、日本人の持っている歌の根本という感じもするわけです(本来民謡というものは、その場の雰囲気でどんどん歌詞を変えてしまうことで発展してきたものではないかと私は思っています)。それをロックという狭いくくりで語るより、他にやりようがなかったのかなと。

 ロックの人たちと違って、ジャズをやる場所もこじんまりとした所が多いですし、ミュージシャンにもわりと簡単に接近できたりするので、機会があったらぜひそこら辺のことについて当事者に聞いてみたい気がします。といっても具体的にどうするかとか、それからどうするかという展望は全くないのですが(^^;)。ただ、こうしてホームページを持っているということで、いつかチャンスがあればとは思っています。何のことだか最後までわからなかった人は、お店に行って復刻された作品を聞いてみてください(^^;)。(2000.8.28)

 

 

歌は時代を飛び越える(2000.7.20)

 

 まだ、これから盛り上がるであろう歌の話ですが、この間亡くなった桂枝雀さんの一番弟子、桂雀三郎と満腹ブラザースの歌「ヨーデル食べ放題」が異様に盛り上がっております(^^;)。これは新曲ではなく、何年か前に関西で発売されてそんなに盛り上がらず消えていった曲なのですが、ここにきてなぜか関東地方から火がつき、今週のオリコンウィークリーには確か57位に初登場と言う事らしいです。と、ここで説明しても実際にどんな唄か、どんな人が歌っているのかは、桂枝雀さんの弟子である桂雀三郎さんという噺家さんです。

 関東をカバーするラジオ局・ニッポン放送で、お昼の看板番組『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』で週末を除く毎日かけられていました。ただ、仕掛けたのはこの番組だとしても、リスナーに人気絶大で、その替え歌が番組に続々届いたりしていることはどう考えればいいのでしょうか。最近こうしたコミックソングのヒットがなかったということはあるかもしれませんが、マスコミがこうした状況に目をつけ、この夏の宴会ソングとして取り上げることは十分考えられ、もしかしたらかなりブレイクするのではと私も考えてます。

 さて、この歌は平たく言えば食べ放題の焼肉屋さんの営業方針を歌にのせたものです(^^;)。この不況でパーッと行きたいという希望はあってもなかなか財布からお金が出ない。そこで食べ放題ならということで盛り上がるのですが、ああしたお店には結構穴があって、飲み物は別料金だし、大人の男性と比べると小食な女性や、小学生・幼児からしてみると、逆に割高になったりする(^^;)。こうした何ともいえない切なさをヨーデルのメロディで笑い飛ばすというのは、やはり今の時代を象徴しているような気がしないではありません。

 政府も景気が回復したというなら、別にお金の心配をしないで腹一杯食べられる生活を提供して欲しいですが、結局食べ放題90分の定額料金まで消費税を払わなければならない私たちは、仕方なくその状況を笑い飛ばす事でなんとか生きていられるのです。この暑い夏をヨーデル奏法で皆さんも盛り上がりましょうね(^^)。

 

井上大輔さんの残したもの(2000.5.31)

 

 自殺といってもその奥底になにやら一波乱も二波乱も有りそうですね。ミュージシャンであり作曲家としても著名な井上大輔さん死去のニュースは、朝のワイドショーから驚きをもって報道されていました。音楽生活も長いし、残した作品の数も半端じゃありません。ジャッキー吉川とブルーコメッツのヒット曲でレコード大賞受賞曲の『ブルーシャトウ』から表舞台に立った井上さんの音楽人生ですが、以前テレビで、ブルーコメッツがアメリカに渡り、あの『エド・サリバンショー』に出たときの映像を見たことがあります。もともとはビートルズに始まるグループサウンズとして出現した彼らですが、まさに番組出演は音楽の逆輸入という海外進出を目指しものでした。そこで歌ったのはやはり『ブルーシャトウ』でしたが、たぶん井上さんだと思うのですが、イントロで琴を演奏し、日本情緒を出したところでおなじみのイントロが改めて始まったのでした。これを日本のポピュラー音楽の歴史として見れば、面白いなということになるのですが、やはり当時のアメリカのミュージックシーンに殴りこみをかけるには、まことに貧弱なサウンドでした。結局ブルーコメッツはアメリカ進出を断念、おそらく井上さんもショックは大きかったのではないでしょうか。

 その後、いろいろな歌手に楽曲を提供したり、自分でも歌や演奏活動を続けてこられたのですが、私が一番好きな井上さんの曲をここで紹介することで、故人へのはなむけにしたいと思います。井上さんというと歌謡曲といったふうに捉える人もいらっしゃるかもしれませんが、コマーシャルソングも数多く手がけておられました。コマーシャルソングというのは二通りあって、現在良くやっているようにタイアップという作業によって宣伝する商品と、そこで使われている楽曲を両方売ってしまおうとするもの。古くは化粧品会社の得意技でしたが、最近はテレビ番組でさえタイアップが入っています。そしてもう一つとは、商品があってそれを元に新たに楽曲を作るものです。『明るいナショナル』とか、『ワ、ワ、ワ、輪が三つ』とかいうものですが、こうしたものは楽曲としてヒットを狙っているものではないということは言うまでもないでしょう。今回私が紹介したい井上さんの曲というのは、後の部類に当てはまります。商品名を連呼して強烈なイメージを植えつける、しかしそうした楽曲に有りがちな安っぽさがない。というのにはちょっとした仕掛けがあって、日本人ではなく外国人に歌わせたことです。しかも実に印象的な動きとともにです。

 もしかしたら、ものすごく若い人には知らない人がいるかもしれません。自動車メーカーのホンダは、当時企画の段階から若手のエンジニアを集め、若者のライフスタイルに会った画期的な車を作りました。天井が高く、小回りがきき、収納スペースもそれなりに広い。その車を売りだすために、UKで人気が高い、マッドネスというグループを採用しました。彼らがたて一列に並び、まるでムカデ競争のように歩く『ナッティ・トレイン』という動きに着目した人がいたからです。コマーシャルでは彼らに動いてもらいながら会社名を連呼させました。当然、そんな楽曲は彼らは作っていないのですから、新たに作曲する必要があります。そうして、彼らマッドネスの面白さを十分にちりばめたテレビコマーシャルが完成しました。ここまで書けば皆さんおわかりでしょう。車の名前は『シティ』。連呼した企業名は『ホンダ』だったのですね。私は最初、このコマーシャルのあまりのインパクトの強さに圧倒されました。で、すぐに彼らマッドネスのレコードをあさり、この曲を探しました。しかし、それが彼らの持ち歌ではなく、井上大輔さんによって作曲されたことを知った時、心底びっくりしたのでした。

 おそらくあの曲は日本だけで発売されたもので、彼らのアルバムにもその曲だけは日本限定発売と書いてあります。よっぽどのファンでなければ彼らの地元でも知られていないかもしれません。しかし、私としてはあの曲こそが彼らの代表曲ではないかと今でも思えるのです。井上さんがエド・サリバンショーに出演し、恥辱の思いを感じてからどれくらい時間が経っていたのかわかりませんが、メロディメーカーの井上さんは、その時すでに世界に追いついていたのではないでしょうか。

 最近、自動車関連の雑誌を立ち読みする機会があって、そこにホンダシティが新たに発売されるかもしれない(現在は製造中止になっています)という記事を読みました。まあ、ホンダのことですからそれなりに楽しい車になることでしょうが、実際に発売ということになるのなら、再び井上さんの作った曲でやって欲しかったなと心底思います。本当に残念です。

 

演歌の存在価値(2000.5.21)

 

 先だっての高額納税者番付の歌手部門では、17才の宇多田ヒカルがダントツでした。そんな中で、北島三郎はどうでもいいとして(^^;)、天童よしみが上位に食い込んでいるというのは面白いですね。よくあるチャート番組ではベスト10に入る曲を出さないのに、どうしてこれほど『売れて』いるのか。確かに実力は段違いですが、演歌といえば彼女というような形ができてきたということなのでしょうか。ただ、彼女の姿形は知っていても、その歌まで知っている人というのはそんなに多くはないのではないでしょうか。それが彼女の、と言うか演歌の現状での限界であるともいえるわけで。

 演歌といえば『孫』という曲がヒットしましたよね。しかし、あれも演歌だからヒットしたと言うことではないでしょう。例えば、自分の娘の結婚式の席上で花嫁の父が芦屋雁之助の『娘よ』を唄うように、親戚を前にしておじいちゃんが自分の存在を誇示するためにあの曲が丁度都合が良かったのです。そういうパターンは一つスタンダードになってしまうと、後から来た人たちはまさに二番煎じもいいところで、目も当てられません。後は何とか話題になるために笑いを取るといったところでしょうか。こんなことを書くのは、今日出かけてきた静岡ホビーショーで、ゲーム機メーカーのナムコが作った新しいゲームがデモされていたからなのです。ゲームの名前は忘れましたが、トラック野郎(^^;)が主人公のゲームで、プレーヤーは大きなステアリングのトラックの運転席に座り、クリアを目指して道路をかけぬけます。トラックだから乗用車と正面衝突してもビクともしないし、悪い(^^;)トラックにぶっつけると遊戯時間が増える仕組みになっています。ゲームとしてはその荒唐無稽なところが面白いのですが(線路の上を走って電車と正面衝突でゲームオーバーとか(^^;))、ああいうゲームに馴れているから最近高速道路やバイパスなどを逆送する事故が頻発するのではなどとも思いますね。まあそれはどうでもいいのですが、そのゲームのBGMとしてふんだんに使われているのが以前この場所でも紹介したかもしれませんが、冠二郎さんの唄う『バイキング』という曲なのですね。また、ゲームセンターでこのゲームを見つけたら流れて来る曲にも注目して欲しいのですが、これで演歌を救おうといわれたら、ガックリ来てしまいます。NHK『みんなのうた』で昔流れていた『一円玉の旅がらす』にしても同じこと。どうせ面白がられるならバラクーダのベートーベン鈴木さんみたいに(演歌チャンチャカチャン(^^;)とか、日本全国酒飲音頭とか作った方ね(^^;))徹底的にやる覚悟でないと。冠さんなんて、一応は本格的な演歌を聴かせることを念頭にやってくれないと『バイキング、イエイ』(^^;)なんて歌われると、こっちが運転しながら自爆したくなってしまいます。

 演歌が売れなくなったのは、日本人の嗜好が変わったから? いえいえ、やはりこれは歌い手さんの技量と、それを作る人たちの情熱が萎えてきたからではないでしょうか。昔の流行歌はレコード会社専属の作詞作曲家の先生からレッスンを受けて、下積み生活の後デビューできました。それを変えたのが今回の高額納税者番付にも顔を出している吉田拓郎の世代からですね。自分で詩も曲も付けて、自分で唄うんだから曲に関する権利はすべて自分のものになる。そういった形が顕著になるにつけ、才能というのはついそっちのほうに流れがちになります。でも、自作自演が全部いいのかというと話は別です。なんのために歌手という職業が存在するのか。作った人の意志をも超えて、聴く人に伝えていく技量という物を持つ歌い手がいれば、演歌というものは見直されていくのだと思うのですが。

 正直な話、今の日本の社会は荒んでいます。この荒みというのは仕方がないにしても、それを癒すような歌というものが存在してもいいのではないでしょうか。みんなで歌える歌というのもいいですが、やはり聞いているだけでいいという優れた歌曲が出てきてもいいように思います。別に今の世相を盛り込んだ歌詞でなくてもいいのです。切々と歌い上げ、聴く人に感動をもたらしてくれるような歌声。天童よしみも、若いやつらに媚を売って小金を稼いだりしないで、今の日本の持つ『哀しさ』を切々と歌い上げてくれないものかしらん。

 

 

唄は世につれ(2000.3.2)

 

 念願のCD-R/Wドライブが手元にやってきて、まずやったのは音楽CDを焼いてみることでした。ここのところとんとご無沙汰していたレンタルショップへ行こうかとも思ったのですが、どうも普段聴き慣れないものを急にというのはよくないので(^^;)、図書館へといってきました。

 以前から思っていたのですが、図書というのはこのようにテキストデータにすれば図書館へ行かなくてもパソコンのモニターを通して見ることができます。しかし、音楽というものはとても厄介なもので、作詞作曲編曲、そして歌手とさまざまな著作権が発生し、だれでも聴きたい時に聴けるものではありません。ちょっと前の歌謡曲でもレンタルショップから消えてしまったらそれっきり、あとは中古ショップをしらみつぶしに探すしかなくなります。そうした中、やはり地域の図書館には音楽の保管庫としての役目というものを担っていってほしいのですが。

 今、借りているのは何故か昭和初期からのSP盤を集めた資料の集大成です。この時期には、私の住んでいる静岡市から清水市を結ぶ、私鉄が沿線にできた遊園地を宣伝するためにコマーシャルソングを作ることを思いつきました。当時は『新民謡』と呼ばれる唄がさかんに作られておりまして、その中心となっていた町田嘉章氏に作曲を依頼、作詞はなんと北原白秋氏に頼んだのでした。

 静岡を訪れた北原白秋氏は連日芸者をあげてドンチャン騒ぎ、まったく仕事にかかる気配がありません。そんな時、とある芸者さんのなにげない一言を耳に留め、一気に書き上げたのが新民謡『茶切節』です。当時のレコードそのままに再現してあるCDなのですが、当時の様子というか、曲調から編曲の仕方からうかがい知ることができます。ひるがえって、今の時代にもそれに即した唄があることも事実です。しかし、それと同時に聞く側の嗜好も多種に別れ、現代のヒット曲がすべてその時代を代表するものではなくなっていることもよく感じることです。

 現代は、ヒットを出すために楽曲を作って、それがそのままチャートインしてしまう状況になっています。また、テレビで何回も繰り返し流されるものがチャートインしやすくなっています。当然、その中にはいい唄だと感じるものもあるでしょう。ただ、後世に残るということになるとどうか。別に今チャートインしている楽曲を毛嫌いしているわけではないのですが(^^;)、後から思い出す段になって、時代を照らすキーワードというか、それ以上に時代を駆け抜けた強烈な個性というのか、音楽を聞く感情と連動して沸き起こってくる何かがないと、一時の流行歌ということで終わってしまうでしょう。単に枚数だけで判断するようだと、ちょっと状況を見誤る気もします。だって初回プレス100万とかされたら、それだけで初登場1位ということになって、その曲がはやっていることになってしまいます。本当に自分の心に残る唄とはなにか。そういう曲がありましたら、私にも教えてくださいね(^^)。(2000.3.2)

 

はま子さん 安らかに(2000.1.14)

 

 昨年末、ひっそりとその生涯を閉じた歌手・渡辺はま子さん。明治生まれで享年89才ということで、天寿をまっとうしたかに感じる方もいらっしゃるでしょうが、今まで確かに同じ時代を生きていたという実感があっただけになおさら残念です。新聞の追悼記事によると、最後のヒット曲は『ああモンテンルパの夜は更けて』の1952年だそうですが、はま子さんは正に戦争に翻弄された歌手人生だったといえるでしょう。

 デビュー曲『忘れちゃいやよ』で、少々色っぽく歌ったことが当時の検閲に引っかかり、すぐに発売中止の憂き目を見ることになりました。昭和十年代の日本は戦時色が一層濃くなり、歌謡曲は受難の時代に入ります。あからさまに戦意高揚を歌ったものや、軍歌が生まれていく中、少々趣の違う歌謡曲というものが世に出ることとなったのです。それが『大陸歌謡』とか『南洋歌謡』とか呼ばれるものです。

 この時期、日本はさかんに中国本土や東南アジアの国々をその支配下に置いていましたので、異国情緒を歌に折りこんで世に出すことは、当時の政府の立場からすると歓迎すべきことだったのでしょう。作る側からしても、異国を舞台にすれば好きなことができる。この種の歌が多数送り出されるのは必然的な事でした。はま子さんの歌った有名な曲『蘇州夜曲』、『何日君再来』、『夜来香』なんてのはまさしくそんな歌です。美くしい調べに酔いしれつつも、これらの歌が世に出た背景にはそうした日本の事情があったことを忘れなかったのも、はま子さんなればこそでした。

 戦争が終わり、大陸や南洋に繰り出した兵隊たちは、それまでのおとしまえをつけられることになります。戦争犯罪人としての責任の追及でした。フィリピンのモンテンルパ収容所で日本に帰る事を夢見ながら、いつ処刑されるかもしれないという恐怖を感じつつ、一曲の歌が生まれました。素人が作った曲でしたが、当時囚人となっていた収容所の人たちは、こぞってその歌を歌いました。囚人の元へ通う日本人神父が、はま子さんのところにこの歌の楽譜を送りつけ、ぜひともはま子さんに歌ってほしいと願い出たのでした。それが『ああモンテンルパの夜は更けて』でした。

 はま子さんは早速歌をレコードに吹き込むと、全国各地を飛び回り収容所の人たちの早期釈放を訴えました。その後、正にモンテンルパの囚人の前ではま子さんの熱唱が実現し、ついに囚人たちは日本の土を踏むことができたのでした。フィリピンが囚人たちを日本に帰したのは、日本から援助を引き出したいとの思惑があったことは容易に想像できますが、それでもなお、はま子さんの活動があったことは私たちの記憶にとどめておきたいことです。ともあれ、はま子さんは戦時中のおとしまえをきっちり返されたのですから。そういうわけで、はま子さん、安らかにお眠りください。

 

CDの価値について(2000.1.4)

 

 流通というものは不思議なもので、まったく同じものでも値段が違うことがあります。パソコンなどはまさにそれで、皆さんの中にも泣きを見た人が多かったのではないでしょうか。
 音楽で価値と言うと、やはり昔レコード今CDということになるのでしょうか。考えてみると、この値段というのは昔からほとんど変わっていません。宇多田ヒカルが700万枚といいますが、昔と違って700万売れたから700万の人が聴いているかというと、それほど簡単ではない。現在ではそれ以上、1000万はゆうに超えているでしょうね。それは、膨大な数のレンタルショップで相当数を買い上げているからです。はっきり言って、発売と同時にチャート上位に顔を出すのは、ものすごい数の発注をすることにもその原因が有るでしょう。だから、新曲が店頭に並ばない演歌はダメと言うのは決まり切ったこと。

 さてさて、ここからが問題です。今年になってとあるCDレンタルのお店に行ったところ、大セールと銘打って中古CDが一枚100円で売っていました。折角だからと購入したのは、小沢健二『球体の奏でる音楽』。このCDにはここのページのジャズの部屋で紹介している渋谷毅(p)、川端民夫(b)という知る人ぞ知るミュージシャンが参加しています。発売当初は結構話題になったのに、今ではそれこそ一枚100円なのですね(^^;)。さらに面白いのは値札が三種類付いていることでした。表には定価半額の1250円、裏には更にディスカウントされて450円。で、それでも売れないので100円とは残酷というか無残と言うか。でも実際そうなるのでしょうね。かなり熱心に追いかけて聴いている人をのぞいては、ほとんど残っていかないという、象徴的な事のように感じた次第。

 まさに使えるときに絞れるだけしぼり取って、用が済んだらボロゾーキンのように捨て去ってしまう。何か、哀れですね。クラシックやジャズなど、発売枚数はいかないものの、音楽に愛情をもっているファンに支えられているジャンルではそんなことはあまり聞いたことがありません。もっとも、私の欲しいCDはまったくレンタルショップに置いてないのですが(^^;)。
 最初に書いた通り、CDの値段は昔から変わらず、またどんなジャンルでもほとんど変わりません。果たしてそれに値段だけの価値があるかどうか、聴きながら考えてみることが大切なのではないかと2000年初頭に感じたのでありました。

 


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