記事一覧

井上ひさし氏の訃報に触れて

 井上ひさしさんの訃報が朝から入ってきました。寝床の脇においておいた携帯電話のスクロールするニュース速報で初めて知ったのですが、時々刻々と流れるニュースの一つに過ぎないとはいえ、しみじみと感じ入るものがあります。

 テレビ人形劇の脚本や、バラエティ番組の構成をされていたとはいえ、私がはじめて氏の名前を認識したのは「ブンとフン」あたりからでしょうか。小さい頃は漫画ばかりだったのが、星新一さんとともに活字による物語の世界へと導いてくれた方の一人でありました。小説や戯曲も好きでしたが、独特の語り口によるエッセイの面白さというのは、文章によるエンターテインメントだといっても過言ではありませんでした。最初に読んだエッセイは、後年批判の対象にもなった家庭内暴力の事まで面白おかしく書いてしまった「家庭口論」「続・家庭口論」です。続き

 これらのエッセイの中で井上氏は、当時の好子夫人の事を壊れたテレビに例えています。テレビが壊れ、ものすごく大きな音を出す(これは、口が達者であるということのたとえ)場合、テレビを叩けば直ることがあることからつい手を上げてしまうと暴力を振るう理屈について書いていました。当時は家の中の事を大げさに書いたものだと思っていました。犬も食わない夫婦喧嘩のはずがDVの影響のため離婚になり、詳細がわずかながら明らかになっている今、作品を生み出すためのストレスのはけ口に家族がされてしまったという印象はぬぐえず、色メガネで井上氏の作品を見てしまう方々も当然おられるであろうと思います。

 そうはいっても今の私たちのエンターテイメント世界の中で、やはり氏の果たした役割は大きく、単なる家庭内暴力親父として葬り去ってしまうのは残念な気がします。氏の功績として、いろいろな作品群はもちろんですが、氏の作品を契機にして大きく結実したものについて書いておきたいと思います。

 今もある劇団・テアトルエコーといえば、熊倉一雄さんをはじめとするアニメーションの吹き替えでも有名ですが、ここで井上氏のデビュー作「日本人のへそ」を公演することになりました。キャストの一人であった山田康夫さんは、その役作りに苦心していたそうです。そんな中、役作りの参考になればと手渡されたのが当時「漫画アクション」に連載されていた「ルパン3世」だったとのこと。山田さんはルパン3世のエッセンスを自分の中で消化し、役を重ね合わせることで無事に公演にこぎつけたのですが、ちょうどその頃公演を見にきていたのがアニメのルパン3世の演出を担当されていた方だったのだそうです。もちろん、井上さんの戯曲とルパン3世に似通ったところがあったからなのでしょうが、山田さんはそのおかげでアニメのルパン3世の声に抜擢。ルパン3世が山田さんのライフワークとなっただけでなく、多くの人の共感を呼ぶことになったのも、井上氏の作品があったことと密接な関係があったということです。

 昨年、井上氏の蔵書を収めた「遅筆堂文庫」を訪れる機会がありましたが、本を買い過ぎたせいで何回も自宅の床が抜けたくらいの蔵書量を持つ氏の蔵書の一部が公開されていました。山形では有名なラスクの工場内にあるのですが、工場内にある直売所やキッサスペースと比べるとそれほど訪れる人も少ないようでした。その蔵書の数々とどの本にもラインが引かれしっかり読まれた跡を見ました。人に読まれる文章をひねり出すためには、あらゆる資料の検討およびそこから何を採り上げて何を捨てるかの選択が重要であることを改めて認識したわけですが、こんな駄文でもここまで書き連らねるのにヒーヒー言っています(^^;)。ともあれ、さまざまなエンターテイメントを提供しくれたことに感謝です。

コメント一覧

コメント投稿

投稿フォーム
名前
Eメール
URL
コメント
削除キー