『青春論』と浅草・『染太郎』

 

浅草『染太郎』にある安吾の色紙

 前の回で紹介した京都から東京に帰ってきた安吾は、今回紹介する浅草にもよく通ったようで、その時のことがエッセイの『青春論』に出てきます。京都で見た実に印象に残った男性芸人が、昔渥美清さん主演の寅さん映画で、初代のおいちゃん役としても知られる森川信氏だということを知ったのがここ浅草にあるお好み焼き屋の『染太郎』だったというエピソードです。

 しかし、エピソードはそれだけではなく、この色紙にあるように、店の鉄板に手をついで火傷をしそうになったところを名物オカミの手当ての甲斐あって軽症で済んだということから、この色紙を書き、店に送ったという話があります。それだけでなく、安吾はこの店の2階を仕事部屋のように使っていた時期もあったということで、やはりここはぜひ一度訪れておかなければということで行ってきました。ただ、連休のさなかということでかなり大変でした。


染太郎全景

 今では安吾とは全く関係なく、浅草の観光名所のようになっているのも、この店構えのせいでしょうか。この写真を撮ったのは午前11時頃だったので人はいませんでしたが12時の開店時にはすごい行列ができます。店内は60名くらい入れますが、それ以上の行列が土・日曜にはできたりするので注意が必要です。できれば、平日の夜あたり、安吾も来たであろう時間帯に行きたいものですが、その場合はやはり地方からでは泊まりでないと難しいですね。ちなみにもより駅は地下鉄の田原町で、店の前を通る100円の循環バスに乗れば、上野駅からでも行くことができます。

奥の鉄板が安吾が手を付いたもの

 店にはもらった袋の中に靴を入れて入りますが、左奥にあるのが安吾が手を付いたと言われている鉄板のある、創業当時から使っているという、2番テーブルです。店の人たちは若いアルバイトと思える人がほとんどで、現おかみさんと思える方は忙しく中で仕込みをされていたのでお話を聞くこともままなりませんでした。アルバイトらしき女性の店員さんに「安吾の使った鉄板は……」と質問したところ全く通じなかったのには驚きました。2番テーブルという情報は知っていたので、かろうじて確認できたというありさまです。店のホームページにも安吾の事を載せていると言うのに、もっとしっかりしてくれよという感じです。でも、その日開店と同時に店に入った人の中で安吾が目あてで来た人はどうも私一人らしかったので、そういう事を聞かれることもほとんどないのでしょうね。

安吾忌の色紙

 店の奥にはさまざまな文人の資料がショーケースの中に飾られているのですが、そちらの方には安吾のものはなく、高見順氏の著作や色紙などが目に付きました。しかし、店内のお客さんは食べることに一所懸命で、ほとんどそういうところは見ていないのが残念というかなんというか。だったらわざわざ並んで食べに来なくても良さそうなものなのですけど。
 この写真は、たまたま私の座った席の上に掛かっていた二十一回の安吾忌の色紙です。安吾夫人である三千代氏の名前がありますが、ご子息の綱男氏もこの時に染太郎に来ていたと、ご本人の手によるエッセイには記載されています。

普通のお好み焼き

 店では普通にお好み焼きを頼みましたが、味は普通です(^^;)。店構えとそこに集った多くの人をしのびつつ、ゆったりした時間を楽しむというのがやはり一番いいと思います。私は昼間、しかもゴールデンウィークの真っ只中に行ってしまったので写真を撮るだけでお店の余韻も感じることはできませんでしたが、次回訪れる際は、ぜひとも夜にゆったりとした気分で出掛けてみたいものです。


 

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