日々のテレビ番組の視聴日記
今使っているレンタル日記が、そのサービスを終了してしまうということで、新しく通常の日記もブログ形式にすることにしました。
それにともなって、日々のテレビ日記もそちらのブログの分類に含めますので、こちらの更新はストップさせていただきます。リンク先は、
http://y-terada.com/mblog/diary.cgi
です。それでは、どうぞよろしく。
テレビというものは恐いですね。生放送の場合、しかもそれが討論番組の場合、いっぱいいっぱいになってしまっている人や、怒り心頭に達して喋れなくなってしまう人などいろんな人がいます。今回の朝まで生テレビのお題は「少子化」ですが、一時間あまり見ていると、パネリストの中で、卑しさが見えてしまったので防備録の意味あいも兼ねて書いておきます。
金美齢という方はテレビのバラエティでしばしば見る方ですが、この方が発言の際中にご丁寧にご自身の著書をテレビカメラに映し、少々強引に本の題名と結び付けて話をしているのには、本当に呆れました。
折角テレビに出るんだし、見ている人は自分の著書に興味を持つであろう人たちだという計算があるのでしょう。こういう人でないとテレビカメラの前で仕事ができないのかなとは思いますけど、討論より先に自分の営業をするような方の意見は、少なくとも見ているこちら側にしては全然響いてきません。むしろ、声を荒げて罵り合いのような事をしている方々の方が、説得力があるのではないかなと思いながら見ています。
日本のテレビに歌番組がなくなったと言われて久しいものがあります。視聴率競争に煽られた中では、今民放ではスポンサーの意向で生きながらえている「ミュージックフェア」はありますが、わずかにNHKの深夜枠でまとまった歌が聴ける番組があるほかは惨憺たるありさまです。たまたまこの番組の裏、日本テレビで絶賛放送中(^^;)の「歌笑HOTヒット10」のような歌番組しか生き残ることができないというのが現状でありましょう。
今、ちあきなおみと言っても、その名前すら知らない人が多いとは思います。わずかに「喝采」だけは知っているという人にとっても、今回流れた歌は実にバリエーションに富んでいて、全くその歌を知らないでも楽しめてしまうほどクオリティが高いものでした。それは、番組制作側の勝利ということではなく、元々ちあきなおみさんの歌が凄いということに他なりません。
今回の番組を見るまで、「矢切の渡し」がちあきさんのために書かれたシングルのB面の曲であったということは知りませんでした。で、多くの人がカバーして(細川たかしさんのカバーが一番売れましたが)いる中、頑なにステージで歌わなかったという事実にも恥ずかしながら初めて知りました。もっとも、そういう頑固さが今にいたって再び人前で歌を歌わなくなったということに関係しているかも知れず、私ははっきりいって、そういうちあきさんの歌に対する姿勢というのに共感を覚えます。
同じように、大々的に出したものではなく、他の人がCDを出してヒットしたものに、「さとうきび畑」があります。この歌は「NHKみんなのうた」で流れていた乾いた感じの歌声が実によく心に残っています。森山良子さんのバージョンよりも風の音しかしない荒涼とした沖縄の大地の感じが出ていて、改めて聴いてみたいと思っているのですが、さすがにNHKにもこの曲をちあきさんがステージで歌っている映像はなかった(そもそも、ステージですら歌っていなかった?)ようですね。
一通り見終えて思ったことは、今回番組内で歌われたような歌の流す番組というのは今のテレビ番組ではありえないのではないかということです。それこそ、美空ひばりさんのように、もう生で聴けなくなってしまってから追悼特集で流すような番組しか成立しないとか。それでも未だ、ちあきなおみさんは健在であり、彼女の復活が待たれるのです。
もしかしたら、NHKは今年の紅白歌合戦の目玉として「ちあきなおみ復活」を狙ってこのような番組を企画したのかも知れませんが、個人的にはそうしたミエミエの手に乗って欲しくないと思っています。多くの全曲集を購入したファンのために、ライブの場で復活して欲しいと切に祈っています。
テレビに出て、しかもそこで議論をするような場合、どう考えても積極的に自分を出せる強い人であると思います。本日NHKにしてはちょっとワクからはみ出た討論番組がありましたが、大人の側でも若者の側でも、自由主義社会なのだから自分で未来を切り開けという意見をどうしても押し付けようとする発言者がちょっと気になりました。
もちろん、意識的なのか無意識なのか、サボったような態度を取る人(これは若者に限りませんが)があり、「我慢が足りない」と憤る気持ちもわかります。しかし、今日の番組で煽っていた人の意見を、今引き篭っている人が聞いてもそれで引き篭りがなくなるわけでもありませんし、心の病にかかっていて活発になれない人もいます。テレビというメディアの性質上、ケシカランというような人物を目立たせた方が興味を引き付けることはありますが、個別の問題が多くある中さまざまな意見が飛びかい、ぐだぐだになって終わるというパターンを引きずってしまっています。
そもそも、NHKが「若者」という風にあまりにも壮大なテーマの中に多くのVTRを入れて議論をちょん切り(議論の収集をはかるためのいかにもNHKらしいやり方でしたが)、多くの人がそれぞれに発言しているようでありながら、実は決まった人が小難しいことしか発言していないというのも気になったところです。
本当に議論を深めたいのなら、参加者の共通認識の中、少数精鋭でもっと長くやるべきでしょう。例えばせっかく衛星放送(デジタル含む)もあるのですから、地上波で流さないところは別の電波でカバーするとか、そういうこともできるはずですし。あと、テレビに出たくないが発言したいという人もいるはずで、そういう人には自宅からメールで参加させる方法もあったはずですね。
あと、多くの方はあまり考えていないと思いますが、今は少子化の時代ですから、これから積極的に外国から出稼ぎ労働者を入れない限り、今と同じ社会サービスを実現するためには、むしろ求人は増える事も予想されます。今全く仕事をしていなくて、出演者の言葉を借りれば「働かざるもの食うべからず」という人にもお願いして働いてもらうような社会がもしかしたら訪れるかも知れません。求職中の若い人の中には、面接でひどい仕打ちを受けたと憤慨していた人がいて、そういう人について「企業としてリスクを負って採用するのだから厳しくて当然だ」という人もいましたけど、人と人との付き合いの中で相手の人格をあまりに否定してしまうと、それは個人的な怨恨となって残りますから、今は全く問題にならない事でも、後でそれこそ企業の存続にも関わってくる可能性すらあると思います。個人的には年齢や学歴、職歴などで偏見を持たずに人と関わっていくようにしないと、むしろ将来ぼろ雑巾のように捨てられてしまうのは今日出ていた大人の方々の方ではないかと思ってもみるのです。
昔、平日のテレビショッピングの番組を見ていて、なぜこの番組はノンストップで放送できるのだろうと思っていた事がありました。実のところ、番組全部がコマーシャルだということで、その種の番組ではコマーシャルを流す必要がないからこんな番組が作れるのですね。まあ、こういう番組を放送するためにはそれだけ多くのお金が放送局に流れている事がわかってからは、テレビで流れているものは、時間によってかなり差があることを意識しながらテレビを見るようになりましたが。
本日の細木数子氏の六星占術の番組は、バラエティというよりも限りなく細木氏が売り出している本の宣伝に近いものでしょう。しかしこの番組はちゃんとコマーシャルも入り、ちょっと見にはバラエティ番組の体裁となっています。もちろん細木氏がテレビに出る事自体がバラエティ番組の要素を満たすということがあるのかも知れませんが、それ以上に細木氏からこういう番組を作ってほしいというオファーがあったと見るべきでしょう(番組の中で、六星占術のインチキが多いのでこういう番組を作ってもらったという細木氏ご本人の発言がありました)。インチキを排除し、できるだけ細木氏サイドに効率的に人が集まることを欲しているように私には思えましたね。
もちろん、そうした番組が出来るというのは、とにかく細木氏に自分の局に出てもらいたい(つまり、視聴率が上がるから)という極めて下世話な論理に基づいています。細木氏はそういう事は百も承知、今のうちに稼ぐだけ稼いでおけという本音を隠して、実に穏やかに、その中に競馬必勝法なるスパイスも入れながら番組をこなしています。こうすれば金持ちになれるというある意味これだけためになる番組もないと思いますが、さすがに私にはあそこまでしたたかに物事を進めることはできそうにありません(^^;)。